2012年03月11日

四万川リハビリテーション4〜世のちり洗う四万温泉〜

群馬県中心部から四万温泉に向かう場合、アクセスルートになるのは国道353号線です。
中之条町中心街を抜けてひた走ると、国道左側に中之条ダムが現れます。
nakanojoudam.jpg

そこからさらに353号線を進むと四万取水堰堤があり、
shimasyusui.jpg
その少し先に車が数台停められる小さな駐車場と四万温泉の最初の案内看板が現れます。

上毛かるた曰く
「世のちり洗う四万温泉」


中之条町発行、「奥の院 中之条」によると
「四万温泉 温もりと憩いの出湯」


四万温泉は、草津(群馬的には読みは「くさづ」notくさつ)、伊香保と並び上州三大名湯に数えられるのに、前者2つの温泉に較べて知名度が今ひとつのような気がするのは、この温泉が歓楽街を抱えていない(それどころか、四万温泉にはコンビニもないらしい)からかもしれません。
でも、だからこそ純粋に温泉の良さを感じることができるのだと思います。
四万温泉は四万川の河床に源泉が湧いていることが多く、川に沿って約4kmにわたり温泉街が形成されています。
温泉街は5つの地区に別れ、四万川下流部、つまり中之条の町に近い方から、温泉口、山口、新湯、ゆずりは、日向見といいます。
この四万温泉、歴史好きにもアニメ好きにも温泉マニアにもダム好きにも砂防ダム好きにも自信をもってお薦めできるところです。
それぞれにどういうところがお薦めかというと…

アニメジブリ好きな方に>
四万温泉に向かう国道353号線にはこんなところがあります。
R353.jpg
群馬が誇る速度抑制装置、メロディーラインです。
音響道路というやつで、タイヤとアスファルトの振動で音を奏でることが出来る構造になっているのですが、さらに制限速度で走ることで、正しい音階で音楽を聞くことができるというスグレモノです。
県内にメロディーラインは10ヶ所設置されており、この中之条のメロディーラインは「いつも何度でも」が流れます。

タイトルをご存じない方も、「千と千尋の神隠し」の主題歌といえばおわかりになるでしょうか?
なぜこの曲が使われているかという理由が、この建物の存在です。
sekizenkan2.jpg
四万温泉にある積善館という旅館の本館と前新と呼ばれる建物ですが(右側)、これが「千と千尋の神隠し」で千(千尋)が働いた神様の温泉宿、油屋のイメージモデルになったと言われているのです。
前新1階の浴場は、川の神様が入ったあのお風呂にそっくりだとか。
積善館では「千と千尋の神隠し」のイメージポイントを巡る、その名も「アニメツアー」を行なっているらしいので、興味のある方はぜひ参加してみて下さい(月、金除く。20:45〜なので宿泊者向け?)

<歴史好きな方に>
四万温泉には開湯縁起がふたつ伝わっています。
四万温泉開湯縁起その1
平安時代初頭、征夷大将軍・坂上田村麻呂(天平宝字2年〜弘仁2年/758〜811)が奥州に向かう道すがら入浴したのが四万温泉の始まりだという説。
田村麻呂が奥州に向かう途中、四万の山中で狩をしていると老人が現れ、「ここにいい湯がある。入れば病苦を治すことができるから、人々のために温泉を開いて薬師如来を安置するがいい。そうすればあなたの武功はますます上がるであろう」と一方的に告げ、姿を消した。
田村麻呂が付近を見渡すと、たしかに湯が湧き出しており、その数が四万箇所あった。よってこの地を四万と名付けた。

この場合、発見は初めて奥州に兵を進めた延暦12年(793年)あたり、ということになります。

四万温泉開湯縁起その2
藤原道長に仕えた四天王の一人で、丹波大江山の酒呑童子退治で有名な源頼光の家臣、碓氷日向守貞光(天暦8年〜治安元年/954−1021 注1)が発見したという説。
永延3年(989年)越後浅貝(現・新潟県湯沢町)から木ノ根宿(注2)を抜けてこの地にたどり着いたが夜になってしまった。仕方なくこの地で読経をしていると、真夜中にどこからともなく童子が現れ、「あなたの信心に応えて、四万の病悩を癒す霊泉を授けよう。私はこの山の神である」と神託を授けたという。
貞光が付近を探すと、果たしてこんこんと湧出する温泉を発見した。これに感動した貞光は、自信の守り本尊である薬師如来を安置し、湯を「御夢想の湯」と名付けた。そして周囲を神託に倣い四万の郷と名付けた。これが四万温泉(日向見地区)の起こりであるという。

この場合、永延年間と時代はやや下りますが、やはり発見は平安時代ということになります。

日向見という具体的な地名が示されていることから、碓氷貞光説のほうにより信憑性はあるような気もします。
が、群馬の温泉はやたら歴史上のビッグネームが発見している伝説に満ちているので、信憑性は…(注3)

いずれにせよ平安時代には温泉が発見されたという伝説があることに変わりはないわけですが、この温泉が「温泉宿」あるいは「温泉街」として発展するのは室町年間に入ってからでした。
吾妻郡の首城は、中之条の隣町・東吾妻町にあった岩櫃城で、関東管領上杉氏に仕えた斎藤氏が治めていました。
その岩櫃城が武田信玄麾下の真田氏に攻められたのは永禄6年(1563年)10月13日のこと。
岩櫃城は炎上落城、城主斎藤憲広は四万を抜け、越後へ落ち延びました。
十三夜のこと、攻める兵もよく見えたでしょうが、逃げる兵の姿もまた、攻め方には筒抜けだったでしょう。
その敗走する斎藤憲広を護り、しんがりで敵を防ぎ続けたとされる田村甚五郎清政なる人物が、なぜか四万に居着き、湯宿を開いたのが湯治場としての起源であるといいます。
具体的な年代となると、積善館を経営する関氏所有の古文書に「湯場と相立候儀者天正二年の比真田安房守様御領分之節の儀に御座候」の文章があるそうです。
天正2年(1574年)、5月に真田氏初代の幸隆が病死、跡を継いだ長子の信綱は翌天正3年(1575年)長篠の戦いにおいて戦死しています。これらの史実から、四万温泉の開湯は真田信綱の時代であろうと推測されているそうです。
そして信綱の跡を継いだ、信綱の弟・昌幸は、戦国の世で荒れた四万温泉を復興するため、道路、橋梁を修復したばかりでなく、宿まで作るなど温泉開発に尽力したことが史料に残されています。

そして江戸の世に至るまで、四万温泉は一台湯治場であり続けたのです。
なんていい人なんだ、真田昌幸!

閑話休題。
先に出た縁起に「御夢想の湯」が出てきましたが、実際に日向見地区には「御夢想の湯」という外湯(町の人も使う共同浴場)があります。
ここは公式に四万温泉発祥の地とされ、江戸時代までは毎年大寒の日に湯立神事を行なっていたとされ、実際に1712年位奉納された絵馬にはその様子が描かれているといいます。
その伝統の神事が途絶えたのは、天明3年(1783年)の浅間山大噴火と、その後のいわゆる「浅間焼け」による被害と大飢饉で温泉どころではなくなった庶民が多くなったこと、そのあたりから江戸時代も不況に突入したこと、そしてダメ押しのように天保4年(1833年)、中心街であった新湯地区に火事が起こり、9件の湯宿のうち実に7件が焼けてしまったことにより、四万温泉が暗黒の時代に突入したからでしょうか。
近年、というかぶっちゃけ平成18年、四万温泉協会によって神事は復活し、以来毎年大寒の日に執り行われています。

ということで見てきましたよ、今年の湯立神事!
(続く)



注1:碓氷貞光は、「碓氷峠の関所跡」と上毛かるたにうたわれる中山道坂本宿(よーするに碓氷峠のあたり)の生まれと言われる。
子供の頃から力持ちで、碓氷峠には今でも彼が子供時代に持ち上げたという岩が残ってたりするとか。
あ、この辺の銘菓「峠の力餅」って、もしかして彼の故事をベースにしてるのか?
うわぁてっきり峠のシェルパ・EF63(超力持ち)のことだとばかり思ってた…さすが元鉄ヲタクオリティw
しかもググったら「碓氷貞光の力もち」ってまんまのネーミングのあんこの中に餅が入ったお菓子、旧熊の平駅で立売りしてたお菓子屋さんで出してるとか…orz

注2:木ノ根宿は現在の奥四万湖上流端あたりから稲包山の方向に存在したとされる宿場。
戦国時代の享禄年間(1528〜1533年)に野盗に放火され町が全滅。
街道は残り、永らく上州から四万を抜け越後浅貝に至る道として利用されたが、江戸時代に三国街道の猿ケ京関所が開かれたおかげで事態は一変。
木ノ根宿を通る峠道は三国街道の裏街道にあたるため、江戸幕府の厳命により閉鎖の憂き目にあい、街道としての生命も絶たれてしまった。
現在の国道353号は上越国境の三坂峠が通行不能区間となっているが、この三坂峠の別名が木ノ根宿峠である。
そういえば、四万川ダム所在地の正式な地名は中之条町大字四万字木ノ根宿といいましたっけ…

注3:有名どころでは、草津温泉(吾妻郡草津町)、宝川温泉(利根郡みなかみ町/旧水上町)の日本武尊。しかも弟橘媛の伝説もセットである。自分をかばって死んだ弟橘媛を偲んで「吾が妻よ…」と嘆いた土地だから吾妻郡と言うのだそうで。
宝川温泉には入口にどでかい日本武尊の石像がある。
yamatotakeru.jpg
ちなみに、宝川温泉からもそう遠くないところにある武尊(ほたか)山は、日本武尊の東征の故事から「武尊」の字をあてたのだという。
(↑…DQNネームばりに読めないよね?これ)
そして弘法大師空海が発見したという伝説を持つのが、川場温泉(利根郡川場村)・法師温泉(利根郡みなかみ町/旧新治村)・奈女沢温泉(利根郡みなかみ町/旧月夜野町)。お大師さまは利根郡がお好きなのかw
ちなみに草津温泉には行基上人や源頼朝が発見したという説もあります。頼朝は川原湯温泉(吾妻郡長野原町)の発見伝説のほうが有名かもしれませんが。
一方、動物が発見したとされる温泉も多い。
同じ中之条の沢渡温泉は鶏が発見したという伝説がある。
鹿沢温泉(吾妻郡嬬恋村)は鹿が、霧積温泉(安中市/旧松井田町)は犬が、それぞれ発見したといわれている。



posted by 夕顔 at 23:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ダム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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