2009年07月05日

ソウルフードかもしれない

風が語りかけますと言われたら。
あなたはどんな言葉を続けますか?


もちろん正解はこれ。はい埼玉県民の皆さんご一緒に!


せーの

うまい、うますぎる。十万石まんじゅう


で。

数日前から十万石まんじゅうが食べたくて仕方ない。
別に味は普通のまんじゅうだし
例えば群馬県民に「草津の温泉まんじゅうとか高崎銘菓『だんべー』と比べてどう違うのか」と問い詰められても

・皮が白い
・形が違う(楕円形)
・甘さ控えめ
・まんじゅうに十万石の焼印が捺されてる
パッケージイラストはあの棟方志功先生がお描きになっている

くらいしか違うポイントはない。

しかし。だがしかしですよ。
埼玉出身者は。
少なくとも、私と同世代か、それ以下の年齢層の埼玉県出身者は。

幼いころから、十万石まんじゅうのCMをテレ玉で刷り込まれていると言っても過言ではない。多分。

しかしここは群馬。そうそう簡単に埼玉銘菓は手に入らないのであります。

せめて通販してくれないかなぁ…と、十万石まんじゅうのサイトを探していて、こんなん見つけてしまいましたー。

こんなん
↑ニコニコ動画。視聴にはアカウントが必要です。

ちなみに、本家(?)十万石ふくさやさんのウェブサイトこちら

風が語りかける埼玉銘菓、さいたまに縁がない方もいかがですか?
posted by 夕顔 at 00:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 好きなもの | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月03日

鉄道だって言いたいことはあるんだ。きっと。

擬人化という手法は、多分日本の文化に非常にマッチしているんだと思う今日この頃。
古くは日本書紀や古事記だって、自然の驚異について擬人化して記録したものと読むこともできるわけで。
キャラクター化、擬人化はだから、違和感なく受け入れられる心理的土壌が日本人にはあるに違いない(きっぱり)。

それにしても、こう来るとは思わなかった…

鉄道擬人化」である。

京浜東北高崎埼京山手中央宇都宮が。
東京メトロに西武に東武の各路線が。
動くんである。喋るんである。

かなりデンジャラスなギャグも散りばめられているけど、鉄道なんか興味ないって人でもこれは楽しめると思われ。

個人的にツボだったのがJR武蔵野線の扱い。
うん、確かによく止まったよね。雨でも風でも雪でも。ついでに15年くらい前、伏流水で一駅水没したよね…とか頷きながら読みましたですよ。

作者様。

スペーシアとりょうもう、TJライナーを入れて新ネタお願いします!
あ、レオライナーとレッドアローも忘れちゃいやですよ〜(なんかネタ的には泥沼な気もするけど)。



青春鉄道 (MFコミックス フラッパーシリーズ)

posted by 夕顔 at 17:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 本の話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月31日

Fullmetal Rose2

ばら園の話の続きです。

こんな品種もありました。

P1010121.JPG


この薔薇は、「シャーロット・アームストロング」というそうです。

…なんか。
某マンガに出てきそうな名前だ…
と思うのは、私だけでしょうか?
posted by 夕顔 at 23:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

Fullmetal Rose

前橋・敷島公園ばら園にて。

すげー名前の薔薇を発見。


その名も



ステンレス・スチール



実態は、紫系の薔薇でした。
ステンレススチール.JPG

大輪で香りもよく、速水真澄氏も喜んで花束にと所望されるであろうなという一品でございました。

しかしなぜステンレス…謎です。


posted by 夕顔 at 23:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 徘徊 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月26日

地に足ついてないわけで

はっきり申し上げて、地に足ついていないんである。
なぜかというと。

1 某コンビニで売ってたプリンシェイクがうまい。うますぎる。

2 ということで毎日買って帰るくらい気に入った。

3 因果関係ははっきりしないが、入職時の健康診断で高脂血症を指摘された。がーん。

4 だが病院のシステムが未来的過ぎて、ついていくのに必死で落ち込む暇すらない。

5 こんな状態で来月から夜勤が始まる(実に16年ぶりの3交代)。大丈夫か私。

6 そんな私にビッグニュース。今度の日曜(5月31日)に、矢木沢ダムの放流がある。ヒャッホー(死語)

7 と喜んでいたら。ダム○覧のトップページに、魔が差して投稿した写真が掲載されちまった。ただでさえコンデジ撮影で当然三脚なんか使用してない、手ブレと右下がりの構図があうあうな写真なのに(じゃあ投稿すんなよって話だが)。しかもダム好き界の巨匠・夜雀さんの写真と同じページに掲載って、そりゃどんな罰ゲームだよ(号泣)

8 ということで冬ボーナスはデジイチに化けさせようと決意した。

えーと。
とにかく、写真の勉強します。

あと、看護診断の勉強も。って、そっちが主だろ(呆)
posted by 夕顔 at 22:43| Comment(0) | TrackBack(0) | ダム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月13日

転職しました。

元旦那(と書いて、はいきぶつと読む)から、「いつ掃除に来るんだ?」という脱力メールが来る今日この頃。
行きがけの駄賃とばかりに元自宅をそりゃあ凄い勢いで散らかして出てきたものだから、内部はまさに「汚部屋」状態で、確かに住むには多少不自由するかもしれないですけどね。

だからって、離婚したら私達、他 人 で す が 何 か ?
他人に掃除を命令するほどあんたは偉いんですか?
つーか。
一ヶ月以上そのまんまなんかい…それって人としてどうなんだ(汗)

ということで今後も掃除になんか行くつもりはありませんのでそこのところよろしく(でも奴はここ見てないけどなw)。


で。

転職ですよ。転職。
看護師の王道というか、病棟勤務に戻りました。
実に十数年ぶりの病棟復帰です。

看護計画が看護診断だったり、記録がすべて電子カルテだったり、いまや三方活栓など死語の世界だったり、とリアル浦島太郎状態なわけですが。

「あなたの今までの経験を活かして頑張って下さいね」って師長…そりゃ無理っす。私が今までいたのって、訪問入浴やら献血やら老健やらですよ?
内科急性期病棟に還元できるスキルなどございません。
ついでに汎用性のある頭脳の持ち合わせも、生憎とございません。

ひたすらスタッフの皆様の足を引っ張らぬよう、ついていこうとするのが精一杯です。

あ、一個あった。経験がものを言うスキル。

「わからない時にわからないと言える図々しさと、なんでも人に聞いてしまえる図々しさ」

…え?ただのおばちゃんだろそれ ですって?

そ の 通 り で す が な に か ?
posted by 夕顔 at 22:40| Comment(0) | TrackBack(0) | お仕事 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月29日

挨拶状

このたび、離婚しました。

それに伴い、住まいも群馬に移り
新たなる気持ちで親子3人過ごしていこうと思っています。

群馬は自然も多く、またダムへのアクセスもよく
親子共々マイナスイオンに浸れるすばらしいところです。
奈良俣ダム放流中

お近くにお越しの節は、ぜひお立ち寄りください。


ただし、酒持参で。


平成21年4月吉日  夕顔 拝


posted by 夕顔 at 22:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年12月22日

「自死という生き方」に憤る

哲学は完全に門外で、エトムント・フッサールの現象学くらいしか感覚的にですら理解できる理論はない。
ハイデガーとレヴィナスは笠井潔の「哲学者の密室」の登場人物、ハルバッハとガドナスを通してしかエッセンスに触れたことはないし、ジャック・デリダに至っては、生理的に文章を受け付けられない人がデリダ論を書いているので、そもそも読む気にすらなれないのが現状。脱構築?なにそれ、食べられるもの?って状態だ。
フッサール現象学にしたところで、パトリシア・べナーの看護理論その他の記述を通して二次的に理解しているような状態だから、専門に研究している人から見れば、鼻で笑いたくなるレベルであろう。

うだうだと前置きをしたのには一応理由がある。

須原一秀という人をご存じか。

武士道の実践という幻想に取りつかれ、自然死は悲惨だという思い込みから、自らの命を絶った「哲学者」だ。
遺作「自死という生き方」は、その自死に至る思索の経緯が綴られている。
本の帯にはこうある。
「65歳の春。晴朗で健全で、そして平常心で決行されたひとつの自死」
どこがだ。とわたくしは思った。
自殺は自殺だ。
自殺した時点で、平常心は喪われている。
須原には、「己の死はそこらの自殺とは違う」という意識があるようだが、残念ながら

そこに高潔な死も卑小な死もありはしない。

魂の乗り物としての身体を粗末に扱ったものとしての記号=自殺者という統計に計上されることに変わりはない。

大体、武士道に自殺を奨めるような記述などない。
有名な言葉に、「武士道は死ぬことと見つけたり」というのがあるが、これが蓮如上人の「白骨のご文章(注1)」の言い換えであることは、「葉隠」をきちんと読んだ上でなら明白なはずだ。
自ら死ぬことの道理を説いているのが武士道なのではない。
武士という生業についているのであれば、いつ死ぬことがあってもやり残したことがないように、常に全力で生きよと説いているのが武士道なのではないか?
また、こういう読み方もできるだろう。
武士道は、バーチャルな死を先取りする哲学だと。
死んだ後の自分を定点として、そこから過去を俯瞰するような精神のありようで生きることができるのであれば、どのような事態が起こっても、意識の中での時系列は「過去」になり、過去に起こったことと意識する以上、そこにはリアルな動揺はなく、常に平常心で生きられるのではないか?
なぜなら、「死後の世界」は常に、今生きている自分の先にあるものだから。
人生の到達点は、言うまでもなく死である。
死後の時間から「今」を俯瞰するということは、未来から現在を眺めるということである。
現在は決して未来にはなりえない。
未来とは、未だ起こっていないこと、これから起こるであろうことを指すのであるからだ。
未だ起こっていない時間から自分を、今を俯瞰する。そのどこに、自ら死ぬことを指すロジックがあるというのか。
武士道は死を希求する哲学とはなりえないのだ。
須原はそれを意識的に読み違えているとしか思えない。
わたくしは、文章に須原の病的なまでの死への依存を見る。
特攻隊の美学や、三島由紀夫の市ヶ谷での割腹自殺の過剰な美化は、自死への執着が生み出したものとしか見えなかった。
執着で聞こえが悪ければ妄執と言い換えてもいいが、どちらも須原は否定するだろう。

須原は、悲惨に死んでゆく(であろう)老いた己の幻想から逃れられなかった。ただそれだけのことだ。

わたくしは高齢者施設に勤務している関係上、様々なお年寄りに出会う。
須原のいう「悲惨な自然死」が現実であるというならば、なぜわたくしが出会う高齢者には素敵な笑顔の方が多いのだろうか?
天寿を全うして、わたくしたちの前から去ってしまわれる方は毎年複数おられる。
病院のベッドで最期の時を迎える方もあれば、ご自宅でご家族に見守られながら…という方もいる。
残されたご家族から、「眠るような最後でした」という言葉を聞くことがある。
その方々の最期が悲惨だなどと、いったい誰が断言できるのか。
そんな権利は誰にもない。須原にも、わたくしたちにも。
それとも、東京都の東の一部だけに、「悲惨な自然死」が存在しないユートピアが存在するとでもいうのだろうか?

そんなことはあるわけがない。

死者に鞭打つ気は毛頭ないが、わたくしは身内を「悲惨な自然死」で見送ったものとして、須原に反論せねばならない。
「死ぬ瞬間」で有名な精神科医キューブラー・ロスを、須原は酷評している。
死の直前にあってなお、ロス自身に死の受容ができていなかったというのがその理由だが、読んでいて吐き気を催すような内容だった。
(ここに引用するのも怒りが蘇るので、興味のある方は一読されたし。無責任で申し訳ない)
須原のご母堂は、ロスの言う5段階を経て死に至ったという。
だが、妻の父の死に関し、須原は「神も医者も親族も本人も完全に無責任な体制での死」という表現を採用している。

ここに、須原の考えを読み解くカギがあるとわたくしは見ている。

須原は、死者はその死の当事者であるとともに、死者の周囲にとっては、その死をめぐる物語の重要な登場人物であるという視点を、ごっそりと欠落させている。

確かに死は、他者に代わって貰うこともできなければ、逆に誰かの死を肩代わりすることもできない。
だが同時に死は、当事者だけでは完結できない事象でもあるのだ。
その死を認知する他者があってはじめて、ある人間の死という事件はあきらかになる。
「死者を認知する他者」の存在しない死はありえない。
行方不明者は、その死体が発見されるか当事者が生きていることが確認されるまでは、あくまでも「行方不明者」でしかないことでもそれはあきらかだ。
言い換えれば、死にさえもコミュニケーションはついて回るということだ。

自死を選ぶ人には、その視点が欠落している。
誰かを永遠に喪う瞬間は、周囲の人間にとっては事件なのだ。
死という事件は、当事者の体内における生命活動の停止としてのみ起こるのではない。
周囲を含めた場で起こるのだ。

わたくしの父は、脳梗塞で倒れ、食物の経口摂取ができなくなり胃ろうを造設した。
なおかつ彼は、歩くこともトイレで排泄することもできない状態で1年半を生き、記憶野が破壊され、今がいつかも理解できなくなって最期を迎えた。

それでもわたくしは、生きていて欲しかったのだ。
自死しないでいてくれて、最後まで生き抜いてくれてありがとうとすら思ったのだ。
それがわたくしの、父の死をめぐる物語なのだ。

父は積極的に死ななかった。
医師は積極的に父を殺さず、最期に呼吸が止まる瞬間に立ち会い、臨終を宣言する大役をつとめてくれた。
わたくしも父を積極的に殺さず、口を塞いだり点滴に毒を詰めることもなく、最期に立ち会った。
最期を看取るということは、そのひとの死という事実を、本人以外に最初に引き受ける大役を仰せつかるということだ。
それでも須原はこれを、無責任な体制の下での死と呼べと言うのか?

そんな哲学は、承認するわけにはいかない。

須原の理論では、周囲に「死にゆく物語」を作ることを許さない。
彼は首を吊り、頸動脈を掻き切るという死に方を選択した。
つまり、彼の家族にとって彼の死は、「突然現れた血塗れの首吊り死体」から始まったのだ。
家族は、周囲は、突然日常にぽっかりと穴が開いた状態を余儀なくされるのだ。
非日常的な光景は、長くトラウマとなる。
須原は目論見通り死ねて満足だろう。
だが、家族はどうなのだ?
なぜ須原は老いてなお生きることを拒んだのだ?
そうまでして、若くあり続けたかったのか?

人間は、他者とかかわらずに生きることはできない。
もしできるのなら、それは「ヒト」という生物にすぎない。
他者とかかわらずに生きられないということは、他者とかかわらずに死ぬこともできないということだ。

なぜ人間に言葉があるのか。
それは、他者と交換するためだ。
何を?
言葉を。
感情を。
愛を。
コミュニケーションを。
そしてわたくしは、死もまた何らかの重要な贈与であり交換であると考える。
死におけるコミュニケーションを拒否した須原からでさえ、こうして何らかを学べるのだから。

最後に、須原が最も欲しくないであろう弔辞で今日の文章を締めくくる。

「哲学者」、須原一秀氏のご冥福をお祈りします。
あなたには長生きしてほしかった。
そして、もっと本を書いてほしかった。
そうすれば、読者とのコミュニケーションがあなたを自死には誘わなかっただろう。
それともやはりあなたは、他者を拒絶し、孤高の魂のままで逝っただろうか。



注1・白骨のご文章

それ、人間の浮生(ふしょう)なる相をつらつら観ずるに
凡そはかなきものは、この世の始中終、幻のごとくなる一期なり。
されば未だ万歳(まんざい)の人身(じんしん)を受けたりという事を聞かず、一生過ぎ易し。
今に至りて、誰か百年の形体を保つべきや。吾や先、人や先、今日とも知らず、明日とも知らず、おくれ先だつ人は本(もと)の雫(しずく)・末の露よりも繁しといえり。
されば、朝(あした)には紅顔(こうがん)ありて、夕(ゆうべ)には白骨となれる身なり。
既に無常の風来りぬればふたつの眼(まなこ)たちまちに閉じ、ひとつの息ながく絶えぬれば、紅顔むなしく変じて桃李(とうり)の装を失いぬるときは六親、眷属集まりて嘆き悲しめども、さらにその甲斐あるべからず。
さてしもあるべき事ならねばとて、野外に送りて夜半の煙となし果てぬれば、ただ白骨のみぞ残れり。
あわれというもなかなかおろかなり。
されば人間のはかなきことは老少不定のさかいなれば、誰の人もはやく後生の一大事を心にかけて阿弥陀仏を深くたのみまいらせて念仏申すべきものなり。

浄土真宗・蓮如上人のお言葉。
父を真宗式で送ったので、お通夜でこのお言葉を聞きました。
ああなんて「無常」という単語を美しく表現されるのだろうと感動したのを覚えています。


参考文献
自死という生き方 覚悟して逝った哲学者
(須原一秀 双葉社 2008 ISBN 978-4-575-29998-4)
死と身体 コミュニケーションの磁場
(内田樹 医学書院「ケアをひらく」シリーズ 2004 ISBN 978-4-260-33366-5)
posted by 夕顔 at 00:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月16日

カイロプラクティック

書き始めたら同じ日に2エントリアップですか(呆)
相変わらず手加減のできない夕顔でございます皆様こんばんは。


♪足痺れる 手も痺れる 肩こり頭痛は当たり前
目がかすむ 耳鳴りする 目眩で毎日ぐーるぐる
朝起きて 駆け込みで 30分ちょっとの通勤路
隙間がねえ 吊革ねぇ マジで身体が潰される!

突然ですが、わたくしは↑というような通勤事情に5年ほど耐えておりました。
おそらくもともとかなり骨格が歪んでいたものと推察されるわたくしの身体にとって、
上記のようなラッシュは更なる歪みをもたらすものであったことは想像に難くないわけでして。

ことに今年春以降にいたっては

♪湿布効かねぇ 電気効かねぇ 整形外科医もさじ投げた
腰痛は あるけれど レントゲン撮っても異常なし

という状況まで追加されておりました。
(あ、今更ですが、吉幾三氏の「あの名曲のメロディ」で読んで頂きたいなー)

で、藁にも縋る思いで、最寄り駅近くに開業したばかりのカイロプラクティックの治療院に行きはじめたのが5月末のこと。
ここ数年、腸骨(骨盤)が歪んでいることの自覚だけはあったのです。
具体的に言うと、左側の腸骨稜だけが前方に飛び出たようになってまして。
何が困るかというと。
スカートをはくと、回っちゃうんですよ。
いや、わたくしはかなり肉付きがいい(←控えめな表現)んですけど、スレンダーでスカートが回るとかじゃなくて、骨ごと身体が歪んでるから、だからスカートが回っちゃうんですね(汗)
さらに、足の長さも左右で違ってしまうため、ズボンも片方だけ裾が傷む傷む。

問診では笑顔のあった先生、触診が始まるとあまりの酷さにか絶句。

あのぅ夕顔(仮)さん…
「酷いですよね?たぶん」
いや、なんというかその
「胸椎はまあましだと思うんですけど、腰椎とかぼろぼろじゃないですか?」
いや、あの
「何でしょう?」
…胸椎のアーチ、消滅してますよ…
「……(滝汗)」

いまさらですが、脊椎の解剖を少々。
7つの頚椎、12の胸椎、5つの腰椎、5つの椎体が癒合している仙椎(仙骨といいます)、4つの椎体が癒合している尾椎(尾骨といいます。尾てい骨ちゅーのは俗称です)をあわせて脊椎と呼びますが、これらは直線的にではなく、緩やかにS字カーブを描いてつながっており、それによって体重の負担や外部からの衝撃を緩和する構造になっています。
正常な人体であれば、胸椎は後彎(身体の後面にむかってカーブを描いていること)しているはずです。
そのカーブが消滅しているということは、その上下に連続する頚椎、腰椎が、胸椎の分も負担を引き受けているということです。

…なんか、聞かなくても、どんな状況か想像がついてきた。

骨格歪んだ状態で、て○みんとかナチュ○ル○テーションとか行っても無駄だわ、確かに。
凝りを一時的にほぐしても、結局また歪みに引っ張られるんだもん。
そして整形外科的にも、折れてるとかヒビ入ってるとか靭帯伸びてるとかじゃない、要するに治療の対象になってるわけじゃないもんなぁ。

結局わたくしの身体は、腰椎頚椎に多大なる負担がかかっていることが判明。
具体的に言うと、胸椎3〜12がカーブを失っているため、それを代償するために胸椎1,2が急激に前に倒れ(一応、後彎つーのか?)、それに連なる頚椎は椎間板が潰される寸前の勢いで前彎(前側にアーチを描くこと)していると。
腰椎も派手に歪み、これが腰痛の元だったというわけで。
そして、予測どおり腸骨は歪みまくり、おかげで仙骨もねじれる様に歪んでいたと…よく生きてるなぁ、わたくし。

で、施術。
バキバキと小気味いい音を立てて脊椎を矯正するってのを想像していたんですが、わたくしの場合、歪みが酷すぎるので初回からバキバキは無理とのこと。なんかちょっと残念。

軽く1時間ほど、ほぐしてもらいました。
きついのはやっていないとのことでしたが、それでも視界が明るい!
なんか神経つながった!!って感じ。

そんなわけで、それから毎週欠かさずに行ってます、カイロ。
おかげで首が少し伸び、首の皺が消えました。バンザイ。

すっかりカイロ信者(?)と化しているのですが、ひとつわからないことがあります。

それは、「整体とカイロの違いって、何?」ってことなんですが。
どなたかご存知の方いませんか?
posted by 夕顔 at 19:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

近況報告

ほぼ一年ぶりじゃん更新…

一年たったんだ、なぁ。




いろいろありすぎの一年でした。

なんかぜんぜん頭が整理できていないので、つらつら書いてみます。
ものすごく読みづらい文になると思いますので最初に謝ります。ごめんなさい。

1・いろいろの内訳。

母が倒れたり。
父が鬼籍に入ったり。葬儀があったり。
子供が中学生になったり。
するするといいながら離婚がなかなかできなかったり。
実家が県営団地で、返還がオオゴトだったり。

2・いろいろの詳細。

(1)父に関して。
父は3月の最後の日に鬼籍に入りました。
脳梗塞で倒れ、経口摂取ができず胃ろうになり、リハビリも拒否して寝たきり生活に入った段階で、ある程度覚悟はしていました。
それでも、生きてて欲しかったですけど。

(2)で、母は。
母は昨夏、熊谷市が日本最高気温を更新したあの日に熱中症で倒れ、それ以降認知症の症状が顕著になりました。
ガスの火をつけたままほったらかすというデンジャラスなお約束をやらかし、腐ったものとそうでないものの区別がつかず腹を下し、夫(父)が浮気をして若い女のところに通っていると言い張り夜中に泣いて電話をよこし(とーちゃんは入院中だっつの)…などなど。
そして9月末。
家の中に盗賊団がいるという妄想に取り憑かれた母は、一日に何度も警察を呼び、警察官が来たら来たで「知らない男が家にいる!」とパニクりわたくしの携帯に連絡をよこし、目を離すと実家の前を通る国道の真ん中にふらふら出て行くという状態を呈するにいたりました。
長年患っていたパーキンソン病の内服薬が変更された直後に幻覚妄想が悪化しているので、認知症の症状というよりは、薬の副作用だったのかもしれませんが、とにかく母に在宅で生活させることは事実上不可能になり、施設入所の運びとなりました。

母は入所。父は入院。

仕事が終わったら母の顔を見に行って父の病院に寄り洗濯物を回収する、という生活が、半年続きました。
兄弟でもいればよかったんですけど、生憎わたくしはひとりっこです。
過ぎてみればたった半年でしたが、永遠にも思えた半年でした。
(もっと長年介護に看護に明け暮れている方は山ほどいらっしゃいますよね。みんな、身体を壊さないでくださいね)

(3)父の葬儀とそれにまつわる馬鹿話。
葬儀では、状況からわたくしが喪主になりました。
その席で、戸籍上の配偶者がいろいろやらかしてくれました。
通夜開始直前に祭壇に子供と並んで記念撮影とかもうね、アホかと。馬鹿かと。
子供は嫌がってるしわたくしも激怒しているのに
「記念なんだからさ」とか、それが48にもなった男の言葉か。どこが記念だバカタレ。親が死んで記念もへったくれもあるか大馬鹿者。
怒り狂った挙句、危うく喪服で回し蹴りを繰り出す寸前でした。

実は、これには更なる後日談があります。
父のお骨は、わたくしの家に仮置したのですが。
中陰壇の線香に、配偶者君は「不○家のケーキについてきたローソクの燃え残り」で火をつけやがりました。
ええ、中尾彬のねじねじばりにひねりの入った、カラフルにビタミンカラーなアレです。
仏壇用のローソクをちゃんと買ってあるのになぜそういうアホなことをする?と思うのですが、配偶者君いわく
「買ったローソクを使うのはもったいないからリサイクル」だそうで。
供養にリサイクルとか、意味がわかりません。
つまりわたくしの父親は、供養に新しいローソクを使う価値なしということですか、そうですか。
(でも、リサイクルとかそんな話は、絶対後出しに違いないですけどね。だって、ご丁寧に息子に口止めしてるんだもの)

ここにいたって完全にぶちきれたわたくしは配偶者君に離婚を請求いたしました…って5年も前から離婚してって言ってるんだけどね。

それに対する配偶者君の言い分の要約。
「たぶん自分の親に対してでも使用済みローソクで線香をあげる。だから、君の親だからという理由でしたわけではないし、そもそも嫌がらせでもなんでもない。ごくごく常識的なことで、それに対してこんなに怒る人がいるとは思わなかった。だがそれほど怒るということは、おそらく自分が何か間違ったのだろう。離婚は、応じてもいいが、今すぐはできない。自分は家庭科を小学校しか教わっていないので、料理も洗濯も満足にできないから」
とのこと。

いろいろあって、離婚については現在も協議中。
概ね、離婚は避けられないということで基本合意は得られているのですが、条件面がなかなか折り合いません。

(4)父亡き後の実家の始末。
実家は県営の団地でした。
父が亡くなったということに加え、母も自宅での生活が不可能になったので、公社に返還せざるを得なくなったのですが…
二人暮らしだったというのに、何であんなにモノがいっぱいあるんだか!!
返還期限が近づいても、片づけが遅々として進まず、ほぼお手上げ状態。
そんなときに思い出したのがこちらのブログの会社。
以前にトラックバックして頂いたことがあり、それからちょくちょく拝見してたのです。
で、遺品整理と処分を一緒にお願いできるということで、実家の片付けを依頼することにしました。
当日現れたスタッフの方々は、見たところ皆さんまだ「若者」。
でも仕事はプロでした。
どう仕分けたらいいか途方にくれていた大荷物たちが、あれよあれよという間に片付いていくさまは、感動モノでした。

キーパーズ東京支店の皆様、その節はお世話になりました。
おかげさまで無事に片付けも終わり、本当に感謝しております。
今後の皆様のますますのご活躍をお祈り申し上げます。



とまあ、そんなこんながありました。
久々に、仕事以外で文章を書いた気がします。

次の更新はいつになるでしょう…(←さっさと書け馬鹿者)
posted by 夕顔 at 18:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする